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日ロ経済関係の現状と今後の(朝妻 幸雄)

日ロ経済関係の現状と今後の展望

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ロ交流協会副会長
日ロ経済交流コンサルタント
朝妻 幸雄

 日本機械輸出組合では、2017年9月28日に部会講演会を開催し、日ロ交流協会副会長、日ロ経済交流コンサルタント朝妻幸雄氏より標記テーマについてご講演をいただきました。本稿は同講演の内容を取りまとめ、講師の校閲を得て掲載するものです。本講演録は日本機械輸出組合JMCジャーナル(WEB版)2017年12月号に掲載されたものです。 

1.ロシア経済のその後

 ロシア経済は経済制裁と原油安から大きな打撃を被った。 その打撃とその後の動向を概観すると次のようになる。まず制裁の開始とともに通貨ルーブルが急速に下落し、その影響を受けて当然輸入品の国内価格が高くなる。物価高騰を受けて必然的にインフレ率が亢進し、購買力が落ち込み、更に景気が後退していく。そのような背景の中で必然的に資本の流出が加速する。資本が逃げれば株価が下がり、ルーブルを更に押し下げていく、つまり絵に描いたような負のサイクルに陥っていった。(図表1)

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また、外的要因として、その前から欧州の景気が悪くなっており、欧州経済とは密接、不可分の関係を持つロシア経済はもう一つのネガティヴ要因として影響を被った。加えて国際原油価格の下落はエネルギー資源の輸出収入を半減させ、ロシアの経済成長は鈍化の傾向を強めた。このように負のサイクルが始まった結果、その過程で様々なマイナス的影響が出てきた。
 まずマクロ経済について、ロシア経済はマイナス成長、ルーブル安、高インフレで激しいダメージを受けたが、種々資料を分析していくとロシア経済は私たちが報道等から受けているイメージほど悪くはなっていないことがわかる。例えば対外債務、貿易赤字、国債発行額は横ばいで推移しているうえに、最近は資本の流出に歯止めがかかって、どうやら一段落していることがわかる。
 外貨準備高を見ると一時、2013年ごろまで5,000億ドル以上あり、その後の環境の悪化によって確かに3,000億ドル台の前半まで落ちこんだが、ここにきて4,000億ドル台に回復している。現在、外貨準備高では世界第6番目で、まだまだ十分貯えを持っていることがわかる。
 なお、ロシア政府の管理資産として外貨準備高以外に国民福祉基金と予備基金の二種類がある。そのうち国民福祉基金は文字通りロシア国民の福祉のための基金であり、ロシア政府としては経済の悪化に遭遇しても、原則として手をつけないことになっている。万一の時に出動させるのは後者の予備基金であり、連邦財政収支を維持するためのバッファーにしているが、経常収支は2014年~2015年と増えてきており、総じて政府は成功裏に健全財政政策を堅持してうまく波を乗り切って2016年の後半には景気後退に歯止めがかかっていることが確認できる。
 主要経済指標の推移をグラフで見ると、国内総生産はその国の経済の傾向と現状を表す代表的な指標だが、これだけでは中身が見えない。ここではそれ以外のロシアの経済状況を示す各種の数字を拾って時系列の推移を可視化してみた。(図表2)asa02

 これからも明らかなように国内総生産、鉱工業生産、固定資本収支、商品小売販売高、実質可処分所得はほとんど同じ挙動で数値が推移していることがわかる。2009年にリーマンショックで一度激しく落ち込んだが、その後は順調に回復してきた。2015年には再度水面下に落ち込んだものの2016年には改善傾向が明らかに示された。農業生産だけ少し遅れた挙動を示しているが、農業関連指標の場合は播種年度と収穫年度が1年ずれることを留意してもらいたい。
 経済成長率(実質GDP)については(図表3)、2005~2007年はまだよかったのだが、リーマンショック時は激しく落ち込み、翌2010年にはすぐにリカバリーしたものの、2013年あたりから再度GDP総額が急減したことが見える。このGDPの上昇と下落の曲線は実は国際石油価格の流れとグラフで重ね合わせると見事に一致していることがわかる。

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 今年のGDPの数字はまだ出ていないが、第二四半期、第三四半期の数字を見ると、明らかに改善の方向にある。IMFは2017年のGDPを1.2%と予測しているが、私は2%に届く可能性が高いと思う。金額ベースの推移を世銀とOECD、CIAの数字を見ると、ソ連崩壊前夜の1989年頃からエリツィン時代最後の1999年は大きく悪化したが、プーチン大統領の出現により急速な上昇傾向が見られた。。
 しかし最近は再度鈍化している。要するに、伸び率のアップダウンはあるが、実質GDP総額は減っていない、むしろ増え続けているという点を明記しておきたい。
 ミクロ経済について状況を整理しておきたい。私は2011年に日本センターの仕事を終えて帰国したが、その後も毎年5~6回訪露し、現地でのインタビューなどによる調査を続けてきた結果をまとめた。食品、衣類等消費物資に対する市民の出費額が増大するとともに、ルーブルの急落により生活が以前よりも厳しくなっている。さらに、経済層の二極分化が進行中で、中層階級以下の人たちは厳しい生活に直面しているが、裕福層はほとんど影響を受けていない。
 ロシアのIPSOSが行っている「ロシア人のふところ具合意識調査」という興味深い調査データがある。(図表4)asa04

 自分たちはどの経済階層に属しているかというアンケートを行ったところ、2012~2013年頃までは生活が改善してきたが、2014年以降、中流以下であると思う人たちが急速に増大していることがわかる。中流と富裕層の合計で見ると、2013年は88%、2016年は79%である。明らかに貧困層と感じている人たちが増えている。
 次にロシアの貿易状況について、ロシアの貿易総額は2014年には7,000億ドル近くあったが、2015年には一挙に33%も落ち込んでいる。その中で日ロ貿易はどのようになっているか(図表5)。

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 赤で示している部分が日本の輸入、青が日本の輸出で、ロシアの貿易総額の全体と同じ傾向と比率で対日本貿易が落ち込んでいる。この傾向は、それ以外の国との貿易についても明らかであり、ほとんど一様に経済関係が激しく縮小していることがわかる。

2.米国主導の経済制裁の本質とは

 政治的な理由はあるが、経済の角度から見ると意外にわかりやすい。2014年3月にクリミアが住民投票によりロシアに併合されたが、それに反発するアメリカが経済制裁を科した。他方、ロシアは逆に報復措置を発動して不毛な制裁合戦が始まったが、その後制裁を繰り返し、米国の経済制裁はすっかりマンネリ化している。実際ウクライナ問題はすでに賞味期限切れとなり、米国はもはや理由を明示しないまま制裁延長を繰り返し、今年8月2日にはアメリカの上院で制裁強化法案が可決した。
これでは制裁そのものが目的化していると言われても仕方がない。制裁継続のための理由として、シリア問題や米国大統領選挙にサイバー介入など後付けの理由を探してきた。
 ロシアはアメリカだけでなく日本に対してもアメリカの言うなりに対ロシア制裁の加担国になっている国として気を許すことはない。領土問題の解決が先延ばしになり、平和条約締結の道筋が見えない理由の一つは、日本の対米追随の姿勢とも関係があることは言うまでもない。ここでは本題から外れるので別な機会に譲るが、ロシアは領土問題の解決は日米安保条約と切り離せない問題とロシアは考えている。現在の日米安保条約においては、米国は日本の施政権が及ぶいかなる地域でも軍事基地を作ることが可能になっている、だから北方領土を日本に引き渡せば米軍基地ができるかもしれないというリスクがあるという理解である。日本人が好んで議論をしたがる二島とか、面積半分とかという単純な面積の問題ではない。
 米ロ確執を経済的な角度から見ると更に重要なものが見えてくる(図表6)。

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 それはまずロシアのEU経済との関係の増大に伴い、これら地域への影響力が増大してきたことと大きな関係がある。戦後のブレトンウッズ体制によって米国一極主導の国際政治、金融支配が続いてきたが、特に2000年代以降になって次第に経済的な力を蓄えてきたロシアと中国が強く反発して様々な形で米国に逆らう(と見られる)姿勢が顕著になってきた。両国が国際金融の多極化の必要性を様々な形で訴えはじめ、それが米ドル基軸通貨体制に対する挑戦という姿勢として具体的に表れ始めた。。
 そうした傾向が更に強くなっていく前に早く食い止めたいという焦りを感じ始めているのが今の米国である。
 最近の動きでは2007年にロシア主導でロシア、カザフスタン、ベラルーシの3国による関税同盟を組織した。本来そこにウクライナが加盟することが決まっていたが、2014年にヤヌコビッチ大統領の追い落としによって脱落した経緯がある。ロシアはこのクーデターは米国が仕掛けたと確信している。
 そして二つ目がBRICS新開発銀行創設だ。いずれもルーブル圏創設、国際通貨多様化、基軸通貨の多元化は、現在の国際金融体制がドル体制主導で動いていることに対する反発で、ドル主導の国際金融システムを多極化していこうという目論見が見えている。なお、中国はすでに米国を抜いて世界最大の貿易国になっているが、その貿易決済の18%が中国通貨の元によって行われており、これも米国の神経を逆なでしている。
 繰り返しになるが米国にとって世界経済の圧倒的主導権を握ってくることができたのは戦後のブレトンウッズ体制の継続のおかげだが、これを覆えして世界の通貨を多極化しようとするロシアと中国の挑戦は看過できないし我慢もできない限界点にきている。中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)も同じ流れの一つである。
 ところで世界の経済規模をグループ分けすると、①BRICSの5カ国、②EUの27カ国、そして③アメリカ1カ国という構図で見ると面白い。GDPの総額で見るとBRICSが約17兆ドル、EUは18.5兆ドル、アメリカで17兆ドル、経済規模が見事に拮抗していることがわかる。注意したいことはEUとUSAにとってBRICSが今日に至ってもはや無視できないところまで成長したことは勿論だが、問題は今後である。BRICSの経済規模は中国を中心に今も米国やEUと比べて圧倒的なスピードで成長し続けて止まらない。更にEUとUSAが警戒しているのはその人口である。BRICS諸国の総人口は世界の人口の40%を占めている。EUとUSA二つ合わせても8%にしか過ぎない。国際経済の力のバランスは数の力でも決まってくる。これからは人口がものを言う。中国も「一帯一路」で様々なアイディアを駆使し、世界各地への労働力の輸出を目指している。
 ところで制裁と報復は当事国だけでなく世界に経済のアンバランスを作り始めている。ロシアに制裁を科しているEUを含め、今は被害国になっている。特に欧州にとってはロシアが最大の輸出市場であったが、ロシア制裁によって自ら自然な取引を人為的に抑え込んでしまったため、EU諸国の企業の中には市場を失い、倒産が続出しているという現実がある。
 最近はアメリカが制裁強化法案を議会で可決したときもEU、その中でもドイツは強く反発を始めている。アメリカはもともとロシアとの貿易は非常に少ないため制裁による跳ね返りは小さいが、EUにとって影響は甚大である。この点で一方的に理由なき制裁の延長と強化をしたがるアメリカにはついていけなくなってきている。最近この点においてEUと米国の間の不協和音が強くなり始めた。
 そうした中で、ロシア政府は制裁をバネとして国内の経済改革を急いている。整理すると5つの方向がある。(図表7)

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 まず、輸入代替の促進である。これまでロシアは貿易額において欧州に偏重しすぎていた。石油・ガスの欧州向けの輸出売上で、ロシアが立ち遅れてきた高度な技術を必要とする機械やその他の生産物を同じ欧州から輸入して賄ってきた。つまりロシアにとって貿易は往復ともに約半分が欧州との実績で推移してきたが、いま急速に舵を切って国内生産に急速に切り替える必要が生じた。自国が本来持っている生産力と自給のポテンシャルをもっと活用していくことが今ロシア国内で始まっている。制裁が目覚めさせた自国の能力の活用と言える。
 2番目はロシア極東経済の抜本的、早急な改善だ。欧州つまり西側方面だけを見るのでなく、東側、つまりアジアをはじめとする自国の極東経済の本格的強化である。
3番目はエネルギー資源以外の輸出の推進である。資源にこれ以上頼らなくてもよい経済を目指すことである。
 4番目は民営化の促進と中小企業の支援強化だ。経済の根幹を握っている主要産業はロシア政府がしっかりグリップを効かせてコントロールをし易い体制を維持するために企業の国営を維持してきたが、97%を占める民間経営の中小企業にはほとんど目が行き届いていないのが実情だ。中小企業の発展無くしてロシア経済の将来はない。抜本的な改革を行う必要性に迫られている。
5番目は政策的な問題だが慢性的なインフレの早期克服だ。これは政府・中銀の努力の成果が上がって、この一年間で急速に収束して4%台に下がってきている。
 ロシアは2017年、新たな成長に向けて発進準備ができてきたように見える。石油価格の下落に加えて制裁という重荷を背負って厳しい環境が続いたが、久しぶりに明るい兆しと言えるかもしれない。そうした状況を受けて、今年9月15日に中央銀行は政策金利を初めて8.5%に下げ、年内の更なる引き下げをうかがっているが、これはロシア金融関係機関が相当自信をもってきた証拠である。これまで高金利によって新規設備投資のための資金調達ができなかった企業が、今回の政策金利の引き下げによって心理的にも実質的にも新規投資の機運が芽生え、ビジネスを活性化させる方向が視野に入り始めた。
 さて、これからロシア経済はどうなるだろうか。ロシア政府は新しい経済成長の見通しを発表したが、2018年、2019年そして2020年も実質GDP成長率及びその他の指標、小売売上、実質賃金伸び率、2017年以降はすべてがプラスに転じるとの予測である(図表8)。

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 ただし、これらの予測のためには三つの前提条件がある。
① 2019年まで原油価格が1バレル当たり45.6~50.0ドルであること。足元では、北海ブレントは56ドルに、WTIでは50ドルあたりだが、これはクリアできると見ている。
② ロシアへの経済制裁が2020年まで続くことを前提にしている。言い換えれば2020年まで制裁が継続してもロシアの経済は伸びるということである。
③ 2017年の年末までにインフレ率は4.0%を達成できること。これも現在の流れからすると実現可能性は高い。 以上の通り、総じて来年以降はロシアの経済は上向きになり、ロシア向けの輸出ビジネスは活性化し上向きに向かうと考えられるが、懸念要因である北朝鮮問題が政治的要因としてどう動くか、まさに予測困難である。原油価格の行方、欧米の制裁要因、それからEU諸国経済の更なる減速は多分考慮する必要はないと私は見ている。その他、Brexitは織り込み済みであり、EUのソブリン債務問題も、ギリシアが返済してIMFの支援で持ちこたえたため、大きな混乱はないと見てよいだろう。
 また、プーチン政権の持続性については、2018年3月に予定されている大統領選挙でプーチン大統領が続投するならば政治混乱は回避できてロシア経済は安泰であろう。総合的に見ても、以前に比べると懸念が大幅に縮小し、山場は乗り越えたようだと東方経済フォーラムでプーチン大統領は言っている。

3.ロシア経済の弱点である三つの依存症―その構造的欠陥とは

 ロシア経済には三つの依存症がある。①欧州依存、②資源依存、③プーチン依存だ。まず欧州依存については従来、ロシアは圧倒的に欧州との貿易に依存しており、多い年は往復で4,500億ドルに達していて、最重要貿易相手同士であった。ちなみにロシアと日本との貿易はピークの2013年が350億ドル、つまり欧州とはその13倍、同様に米国と比較すると16倍となり、欧州との貿易がいかに多いかがわかる。
 欧州は天然ガスの輸入の1/3をロシアに頼っているし、ロシアからの原油輸出の60%は欧州向けで、お互いに特にエネルギー資源分野で万一にも関係が切れるとお互いに大変なことになる。繰り返すが制裁の影響は、貿易パートナー関係の破壊でロシアとEU双方に多大なダメージをもたらすのだ。
 欧州とどれだけビジネスを行っているかというのが図表9である。ブルー系統の色で色分けされたのがすべてヨーロッパ諸国だが、ご覧の通りオランダ、ドイツ、イタリア、ポーランドなどで48.2%、ほぼ50%を占めていることがわかる。

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 国別・輸出入別貿易比率におけるEUとの関わりの深さについては、ロシアの輸出の58%、ロシアの輸入の42%はEUが相手であり、相互依存が強かったが、今では制裁によってその緊密な関係が破壊され始めた。
 更にプーチン大統領が制裁に対する報復措置として、EUから農産物の輸入停止を宣言したことも追加的な変化をもたらした。欧州とロシアの農産物取引は、制裁までは順調に推移していた。例えば2013年ではロシアが輸入していた農産物は大半がEU諸国からであったが、それが報復によって崩れてしまった。海産物においてもほとんど同じ様相が見えている。ロシアの海産物輸入の45%はこれまで長い間今回の報復対象国に指定された欧州諸国から輸入されていたが、今ではこれがなくなってしまった。
 資源依存の変化について見ると、ウラル産原油価格変動率とGDPの成長率について、原油価格の変化とロシアのGDPの変化は見事に合致している。それだけロシア経済のエネルギー資源への依存度が高いことが明確に見て取れる。過去を見てもロシアの経済が悪くなるときは例外なく石油価格が下がった時であり、この二つの指数は見事に連動しており、高度な相関関係にある。
 ただ一点、気を付けなければならないのは、ドル建てとルーブル建てでは状況が異なることである。我々は石油価格をドル建てでその変化を見ることに慣れているが、ロシアの最終手取りはルーブル建てであり、変動相場制のもとでルーブル建て手取り収益はほとんど減っていない。つまり掘削はじめ生産コストは従来同様にしっかりカバーできていることにも注意を払う必要がある。

4.プーチン大統領について

 これまでプーチン大統領のもとでのみロシア経済は成長し、今後もロシアの将来はプーチン政権の持続性が鍵であると言っても過言ではない。現在進行中の経済改革の確実な実現のためにはプーチン大統領またはプーチン大統領に代わる強いリーダーシップを持つ人物が必要とされていることは論を待たない。繰り返しになるが、ロシアGDPの成長はこれまでプーチン時代にだけ実現しており、2012年までプーチン大統領が二期続いた後にメドベージェフ大統領が4年間政権を担ったが、その時ロシア経済は極度に落ち込んでいる。
 ロシアにおけるプーチン大統領の支持率の推移を見ると、過去プーチン大統領の支持率は60~65%で推移していた。それだけでも他国のリーダーと比べて十分高いが、2014年5月頃から様相が変わってきた。クリミア編入直後から支持率の急上昇が始まり、欧米による経済制裁が始まる前後から一挙に80%以上に跳ね上がって、現在に至るまで崩れることなくずっと80%代を維持している。
 2016年3月に「世論基金(FOM)」が実施したアンケートによれば、プーチン大統領がいなければロシアの安泰は見通せないとロシア国民が考えていることがわかる。同アンケートでは、プーチン大統領の評価が高い理由として、①「経験豊富な政治家であること」、②「エネルギッシュで決断力があり、意志の強いところ」、③「国家の利益を守る」などを挙げている。
 ロシア人は仮にプーチン大統領が去ったら、ロシアはどうなると思っているだろうか。私の見立てでは、プーチン氏がいなくなれば米国の地位は安泰であり、それとは反対にロシアの国内政治は制御不能の混乱状態に陥る。ロシアの国際的地位、影響力、存在感は急減するだろう。そして日ロ貿易は従来どおり低調のまま推移し、中・韓がロシアとの貿易において躍進するだろう。
 逆に2018年以降もプーチン氏が大統領なら、欧米とロシアの対立構図は続き、その延長線上には予期せぬ不幸が始まる恐れもある。ただしトランプ大統領次第である。米国は基本姿勢として対立構図である冷戦状態を保持し、反ロ姿勢をいっそう強化させるとともに、トランプ大統領のロシアとの好関係を議会は認めないであろう。国内のプーチン大統領を頂点とした中央集権的政治体制が維持され、その中で日ロ経済協力は推進されるであろう。ただし、大幅に改善されるかどうか日本の姿勢に負うところ大きい。
 ところで1999年1月に行われた面白いアンケート調査結果がある。アンケートのテーマは《20世紀にロシアの運命を変えたロシアの指導者たち》に対するロシア国民の評価についてである。20世紀のすべての指導者の中で一番高く評価されたのはブレジネフ共産党書記長あったが、驚くことに2番はスターリンである。更に興味深いことは、指示係数でマイナス27%、マイナス28%と、最も評価されていない指導者が2人いた。西側で高く評価されてきたゴルバチョフとエリツィンである。西側諸国ではゴルバチョフ氏はノーベル平和賞を受賞し、国際平和のために多大な貢献をした素晴らしい指導者であったと非常に高く評価されているが、ロシア人たちに言わせるとこの二人の指導者はソ連を崩壊させ、西側の軍門に下り、更には国民経済を混乱に導いて民を苦しめたとんでもないやつらだった、ということになる。私たちがいかにロシア人を理解していないかという証左である。
 来年3月に大統領選挙がある。プーチンが立候補すれば事実上の信任投票になって確実に当選することは明らかである。ロシアに国家としての誇りを取り戻したプーチン大統領は、まさに「ツァーリ」、すなわち皇帝の名がふさわしいという人もいる。
 ロシア人にとってのジレンマはまさにプーチン大統領である。これまで長期にわたって一人の指導者のみが国家元首として君臨することがいいとは誰も考えていない。経済についても、これまでの急カーブの成長を奇跡と呼ぶなら、いかにプーチンといえどもこれ以上の奇跡を起こせないことは誰も知っている。しかし、目下のところプーチン氏以外には国をしっかり支える指導者はいない。これがロシアのジレンマである。なにしろプーチンの支持率82~86%を超える候補者がいるかどうかにつての議論は無益と考えている。彼以外の候補者の支持率は一桁なのである。

5.日ロ経済関係の今後

 日本とロシアとの貿易額のランキングについて述べたい。私がソ連時代に商社員としてビジネスを行っていた頃からソ連が崩壊するまで、長い間1位はドイツが定位置を占め、2位は安定して日本であった。ところが日本は事実上ソ連崩壊後、ロシアとの取引からほとんど手を引いてしまった。理由を一言で言えば、ソ連時代末期の貿易代金が新生ロシアになってからも支払われなかったためである。いずれにしても日本は一挙に22位まで順位を下げてしまった。最近になって漸く7~8位まで上がってきたところである。
 さて今後、日ロ貿易はどうなるか。2016年12月15、16日にプーチン大統領の公式訪問が実現した。「ウラジーミル、いいかげんに平和条約を締結すべきと思わないか」、「シンゾー、賛成だ。しかし、北方領土問題をすぐ解決することは難しいな」、ざっとこんな雰囲気だったと理解している。安倍・プーチン会談で合意された経済協力プラン8項目について少し触れたい(図表10)。

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 個人的にはこの協力プランの中では、3.《日露中小企業の交流と協力の抜本的拡大(ビジネスマッチング,ベンチャー支援,食関連の交流等の促進)》及び8.《両国間の多層での人的交流の飛躍的拡大(大学・青年等の交流,観光客の増大,スポーツ・文化等の幅広い分野での人的交流の抜本的拡大)》の二つが特に重要だと思っている。両国の関係が進展しないのはこの二つが不十分だからである。
 あらためて言うまでもないが、日本とロシアは国土の大きさが比較にならないほど異なる。それ以外にもあらゆる面で相互補完ができる関係にある。だからこそこの二つの国が一緒になって真の経済協力ができると双方にとっても計り知れない多大な利益がもたらされることは明白である。しかし現実は非常に乏しい水準にある。もったいないことだと思う。多くの可能性と課題を抱える日本とロシアの関係は、プーチン大統領も安倍総理も意見が一致しているように、《戦後70年を経過した今も、平和条約が結ばれていない異常な関係》のままである。
 因みに両国民の意識について日本でアンケートを取ると、ロシアに対して「親しみを感じない」が80%以上である。最近では少し改善して76%になっているがロシアに対する好感度が極度に低いことに変わりはない。ところが、ロシアにおいて対日意識について世論調査をすると「日本が好き」が37%、「日本が嫌い」が3%で、日本は信頼できる国だと思っている人が32%いる。私は常々両国民の意識は、ロシア人の片思いの関係と私が言うのはそういう理由である。

6.ロシア経済の将来は極東にかかる

 ロシアの最近の政策は「東高西低」「脱欧入亜」という言葉がよく使われるが、ロシア経済の将来は極東にかかっている、極東が非常に重要だとプーチン大統領は繰り返し発言している。私もそれがよくわかる。本稿では極東の話ができなかったが、いつか機会があれば是非極東について一緒に考えてみたい。

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