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コミタス・カルテット90周年

 常に新しいアルメニアのコミタス国立弦楽カルテットは、その90周年の里程標を、独特のプロフェッショナルなアルメニアの音楽性の伝統の音の響きと、巨大な国際的なレパートリーをもって越えようとしている。
 1924年11月にアベト・ガブリエリャン、レボン・オハンジャニャン、ミカエル・テリャン、サルギス・アスラマジャンという、モスクワ・チャイコフスキー音楽院の4人の有能な学生が創立したコミタス・カルテットは世界で最も長く演奏し続ける弦楽カルテットだ。
 このカルテットはの最初の公演は1925年2月だった。その初期の演奏は大きな感動を与えたので、アルメニア政府はカルテットに対して、20世紀のアルメニアのルネッサンスの神聖な民族音楽家であり宣教者である、ソゴモン・ソゴモニャンという名で生まれたコミタス・バルダペト(1836~1935)の名前を授与した。
 コミタス・バルダペトは1915~23年のアルメニア人虐殺のため先祖の地から逃れた。
 コミタス・カルテットは長年にわたりソ連とアルメニア社会主義共和国の国家賞を獲得してきた。カルテットが共演した著名人にはリヒテル、ロストロポービチ、ギレリスその他多くの音楽家が含まれる。高い才能と独特の様式を探求することにより、コミタス・カルテットはソ連によって海外公演を行う許可を得た最初の楽団になり、1953年からアメリカ、カナダ、日本、オーストリア、イギリス、ノルウェー、ドイツ、チェコスロバキアその他多くの国で演奏した。52年間にわたってコミタス・カルテットの第1バイオリンを務めたのが傑出したアベト・ガブリエリャンだった。献身的なチェリストであり作曲家であるサルギス・アスラマジャンは44年間カルテットを彩った。彼の折り紙つきの編曲はコミタス・バルダペトの音楽を1970年代に世界に種まいた。巨匠ガブリエリャンはモスクワ音楽院の学生で国際コンクール優勝者のエドゥアルト・タデヴォシャンをカルテットの第2バイオリンとして招いた。6年間一緒に演奏した後、ガブリエリャンは自分の高価なグアルメリのバイオリンと第1バイオリンのポジションをタデヴォシャンに託した。カルテットはエレバンに戻ることによってそのアルメニアのルーツに帰った。
 今日、コミタス・カルテットはその卓越した芸術的伝統を保っている。
 カルテットは世代交代を経験してきた。有能な音楽家ダビド・グリゴリャン、スレン・ハクナザリャン、ヤーシャ・パピャン、アラム・タラリャンその他が構成員だった。
 タデヴォシャンの名人芸は技術的な輝きと感情の優雅な深みを結合し、一方で、新しいメンバーのシュージィ、イェリツィアンとハスミク・ヴァルダニャンは輝く音楽性を示す。
 バイオリニストのコセミャンはアンサンブルの音に光彩と深みを加えた。コミタス・カルテットの公演は世界を巡り、また個々のメンバーは客演ソリストとして頻繁に登場している。
 アラム・ハチャトリヤンはコミタス・カルテットをアルメニア音楽文化の宝石と述べた。カルテットは多くの世界的な作曲家のイマジネーションを虜にし、この草分けのアンサンブルのための作品を作らしめた。2010年にはアルメニア大統領はエドゥアルド・タデヴォシャンに、彼の40年間にわたるカルテット活動によるアルメニア文化への貢献を認め、称え、アルメニアの最高賞である聖メスロプ・マシュトツ賞を授与した。

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